絵を描くことが好きからカメラマンに。楠聖子さん【輝く人のON/OFF】
撮影/中林 香 取材・文/新里陽子 撮影協力/リトルシード
カメラマン
楠 聖子さん
若い頃の輝きとは異なる、今だからこそのキラキラを放って輝いている女性たち。
社会で活躍する場面で入れる「ON」のスイッチと、自分自身の時間に入れる「OFF」のスイッチ。そのスイッチの入れ方は?
本誌の撮影も手がけるカメラマンの楠聖子さんに、これまでの歩みやこれからの夢を伺いました。
漫画大好き少女が描いた夢。写真学校では女子が少なく「ちょいモテました(笑)」
雑誌を中心に書籍、企業広告、アーティストのCD撮影などを手掛けているプロカメラマンの楠聖子さん。今でこそ女性カメラマンは多いですが、かつては男性ばかりだった職業です。そもそもなぜ、写真の道に進むことに?
「絵を描くことが好きだったのですが、堪え性がなかったため(笑)、写真ならシャッターを押せばすぐに絵になると思い始め、高校を卒業し写真学校へ。確かに当時はほとんど男子。女子の物珍しさからかモテ期が到来しましたね」ととびきりの笑顔で答えます。もともとのセンスのよさもあり、卒業後はプロカメラマンのアシスタントとして5年従事、その後独り立ちしてプロカメラマンとしてデビューしました。
漫画家のご主人とは偶然出会った飲み会で意気投合、その場で結婚を決意。当時は結婚したら仕事は制限しようと思っていましたが、ご主人が体調を崩したこと、すぐ後に妊娠・出産したことで、夫婦に大きな変化がありました。「二人とも個人事業主で収入は不安定。子どものためにも仕事を続けようと決意しました」。
アシスタントから独立し、プロカメラマンとしてまだ日が浅い頃。「モデルクラブのパンフレット撮影の下見へ。その様子を同行者が撮影してくれました」。
仕事中に飛び込んできた息子の事故の知らせ。無我夢中で駆け付けました
とてつもなく大きな衝撃が走ったのは息子さんが8歳のときのこと。雑誌の仕事で長野で撮影中だった楠さんの携帯電話に、海で事故にあったとの知らせが。「仕事を中断し、すぐに現場に飛びました。途中入ってくる情報は厳しいものばかり。事故の翌日、夫と共にお医者さまに告げられた言葉は『息子さんの社会復帰は諦めてください』でした」。心肺停止、意識不明の重体、その後意識は戻ったものの低酸素脳症による脳のダメージのため、重度の認知障害、四肢の運動障害(歩行困難)、完全失語など、息子さんの小さな体にはとても大きな試練が課せられていました。
前置胎盤で大出血するなど絶対安静の末、長男出産。「世の中にこんなにかわいくて大切な存在ができるんだ、と感動しました」。
仕事再開の見通しがつかない中ご縁で再びカメラを持つ日々に
急性期治療の病院からリハビリテーション病院に母子入院、事故から半年後の小学校復帰、かなりの認知障害がありながら、息子さんは本人の希望もあり、元いた普通クラスに戻りました。しかし、リハビリテーション病院、小学校共に、支援学級でなくては難しいとの判断が。「登校には私が着いて行かなければならず、仕事再開の見通しがつきませんでした。そんな中、久々にご連絡くださった方のお仕事内容が事故の際に関わった医療関連の取材だったので、何かのご縁かもと思いお引き受けしました」。
息子さんが事故に遭った頃。よく仕事を受けていた雑誌の編集長が「息子さんの全快を祈って明日神社の神輿を担ぎます」と連絡をくれたそう。「その翌日、それまでは無表情か泣くことしかできなかった息子が、事故後初めて大きく笑いました」。
その後、少しずつ仕事を再開させた楠さん。周囲の「これは楠さんに撮ってほしい」という熱い思いも後押ししました。「息子のことや、私のことをとても心配してくださった方、戻ることを待ってくださった方がいらっしゃり、ただ、お仕事をご一緒していただけではなかったのだと学びました。人に支えられているのだと」。
今、息子さんも成人になり、バイトをし趣味も持つ青年に。「僕はあの事故に遭ってよかったと言うんです。だから今があると。私自身も大事なことに気付けました。多くの人に支えられて今があります。これからは、私も誰かの支えになれるように邁進したいです」。
料理から人物、風景まで、あらゆるものを撮影する見事なフットワーク。本誌でも多数のページを担当。場を和ませながら的確な撮影ができる唯一無二の存在。
数々の撮影を経験している楠さんに、今まで一番印象に残っているものは?と伺うと「一つは、歌手の谷村新司さんが久しぶりにCDをリリースされるときに、そのCDジャケットの撮影を担当したこと。これまでも何度かご本人の撮影はさせていただいていたのですが、高校時代からよく聴いてきた方のCDジャケットを任せていただけることに感動しました。また、一昨年は名作『魔女の宅急便』の作者、角野栄子先生の書籍を撮影させていただきました。自分の写真にステキな文章が載る、というのは昔からの夢でしたので、撮影した写真に角野栄子先生の俳句が載っていることに感無量。書籍が出るのが本当に楽しみでした」
そして、こう続けます。「谷村新司さんや角野栄子先生他、海外の大物アーティストの撮影なども手がけさせていただきましたが、実はなぜ私に?という思いが強いのです。その時々で本当にありがたい出会いばかり。正直、運だけで仕事をしてきているのではないかとすら思ったりもします」。そうにこっと笑ってお話ししてくれる楠さんはとてもチャーミング。きっとこのかわいらしさも、被写体を笑顔にしてしまう力のひとつなのでしょう。本誌P・24の撮影も担当されていますが、被写体の美容家・中島あずささんも「いつも笑顔を引き出していただいています」と話します。
料理撮影で背景の布選びから担当することも。「まだまだ勉強中。でもチャレンジが楽しいんです」
そして、楠さんの仕事におけるモットーは何より「『楽しい』は写真に写る」とのこと。もしモデルの手しか写っていなくても「笑ってくださいねー!」と楽しい雰囲気を創り出しています。「商品しか写っていなくても、現場の雰囲気は写真に写ると思っているので、できるだけ楽しい現場にしたいと思っています。これには息子の事故の際、笑いが脳の回復に役立つと学んだので、日々息子を笑わせよう、としていたことが役に立っているのかもしれません」。
カメラマンは、自分を高めることができる機会に恵まれる職業だとも考えているそう。「インタビューなど撮影しながらお話を聞く機会も多いのですが、やはりご自身の信念、思いなどを聞く際には撮影しながらでも胸が熱くなるようなことがあります」。今年カメラマンになり26年を迎え、さらに新たなことにチャレンジ! インスタグラム、フェイスブック、先日はブログを初投稿し、ユーチューバーとして旅映像も配信。楠さんの挑戦はまだまだ続きます。「やりたいなと思ったことは何でもやるスタンスです」
愛用のカメラはレンズと共に、毎日の仕事終わりに必ずメンテナンスして、一日終えるそう。
左:定額レンタルの服
人と会うので服装にも気を遣う。定額で月3着借りられるサービスを利用。
右:旅先のスナップ
日帰りで行った九州のお蕎麦屋さんで。プロ用のカメラではなく、スマホで撮影した写真もさすがのクオリティ。
左:ビレロイ&ボッホのグラス
商品撮影をしたグラス。そのご縁にも感謝しながら愛用中。
右:手掛けた作品
書籍、CD、カタログ、雑誌※など「すべて宝物です」。
※角野栄子『エブリデイマジック』平凡社 コロナ・ブックス、谷村新司『STANDARD〜呼吸〜』ユニバーサル ミュージック
ご主人にとっては出会ったときから、息子さんにとっては生まれた時から「妻・お母さんはカメラマン」。どんな家族関係なのでしょうか?「夫はとても温和なんです。漫画を描くためには膨大な知識がないと描けないので、その知識、理解力、判断力を尊敬しています」。家族での会話の際もユーモアに富んだコメント(時には自虐ネタ)をしてくれ、笑わせてくれるご主人。しかしながら夫婦関係はずっと順調だったわけではなかったそう。「息子の事故まではかなり険悪でした。それでも事故直後ずっと励まし支えてくれたのは夫でした」。そして、息子さんについては「温和でやさしく、親バカですが自慢の息子です。事故の際の脳障害のため今でも日常生活に支障がある息子が、『僕は事故に遭ってよかったと思ってるよ。事故に遭っていなければ会えていなかった人がたくさんいるから』と言ったときには、親が子どもに育てられるというのはこういうことなんだなぁと感じました」。
過ごしやすい家で、お気に入りのものに囲まれることも楠さんのパワーの源に。「週末には必ずきちんとした掃除をしてお花を飾ります。このリセットをしないと落ち着きません。近所にフラワービュッフェをしているお店を見つけ、毎週の楽しみが増えました」。友人が開催しているメイクセミナー、ビジセスセミナー、朝活などに積極的に参加。「この年齢で、仕事だけではない交友関係が広がることがうれしいです」。楠さんの表情は、お部屋に飾られていたお花に負けないくらいイキイキハツラツとしていました。
美活も。「スーパーフード入りのふりかけは、手軽に食べられるのでお気に入りです」。
左上:電気圧力鍋
おうち時間が長くなった今、時短で美味しい食事をと購入した電気圧力鍋。「日々大活躍です」。
右上:全国各地の日本酒
酒好きなので日本酒、特に出身地の高知のお酒は常備。
下:夫の描いた色紙
―かぞくみんなでがんばろう―
「息子の事故の際、夫が家族で頑張ろうと描いてくれました」。
インタビュー*編集後記*
楠さんの荷物を持ってみたら、重くて持ち上げられなかったことが。小柄でかわいらしい姿からは想像できないパワーの持ち主。それは力だけでなくハートの大きさも!楠さんが撮影した人たちが写真を見て喜ぶ場面をよく目にします。技術力+気持ちを込めて撮影されているのに触れると、こちらも温かい気持ちになれました。
楠 聖子さん
くす・せいこ●写真専門学校卒業後、山本弘之氏、石井功二氏に従事、1995年独立。雑誌を中心に書籍、企業広告、CDジャケットなどで活動。独自の感性を生かしたやさしくソフトな写真に定評あり。夫、息子の3人家族。
https://www.seiko-kusu.com/