市原悦子さんの残した『言葉』「雑用こそ人生そのもの きっちりやらないと、 もったいない」
「家政婦は見た!」シリーズや「まんが日本昔ばなし」など、 数々の番組や舞台、映画に出演し圧倒的な光を放った女優、市原悦子さん。 華やかに見える人生にも試練や葛藤があり、 その言葉には私たちの心に響くものが多くあります。 惜しまれつつ亡くなられて1年半、 改めて市原さんの残した言葉を振り返りました。
市原悦子(いちはら・えつこ)
1936年、千葉県生まれ。劇団 俳優座付属俳優養成所を経て俳優座に入団。1961 年、演出家・塩見哲氏と結婚。俳優座を退団後も数々 の舞台、映画、テレビドラマで活躍。テレビ「ま んが日本昔ばなし「家政婦は見た!」など、いず れも長寿番組に。2019年、1月12日逝去。享年82歳。 著書に『白髪のうた』(春秋社)、『市原悦子 ことば の宝物(』主婦の友社)など。
市原悦子さんをかつて、作家の佐藤愛子さんは『現代いい女列伝』の中で、「美人にあらず、不美人にあらず」と書きました。
それに対して市原さんは、
「嬉しかった。不美人ではないってことでしょ。若い頃、ある監督に言われたことがあるんです。
〝美人はつまらないよ。美人女優は顔が変わらないから。でも、普通の顔はすごく変わりうる。
あなたがある瞬間、すごくきれいに見えたり可愛いく見えたりすることが、監督としては喜びなんだ〟と。
その時は、ああ私のこと、褒めてくれているんだなあと思ったんです(笑)」
演じる役により、王妃に、老婆に、家政婦にと変わる自在さと弾力であり、それが市原さんの女優としての魅力。市原さんの紡ぎ出す言葉には、私たちの心に深く沁み込み、響かせる力があります。
「雑用こそ人生そのもの」
これは親交のあった方から貰った言葉だといいます。
市原さんは、
「本当だなぁと思いません? だからこまごましたことも毛嫌いせずにやらないと。それこそが人生なんですから。きっちりやらないと、もったいない」
ともすると忙しさに紛れてしまいそうな毎日を送っていますが、雑用こそ人生。面倒なことにも真摯に、きちんと向き合う姿勢に、私たちはハッとさせられます。
そんな市原さんが演出家であり、夫の塩見哲さんを見送ったのは、2014年のこと。塩見さんとは俳優座養成所の同期であり、夫婦であると同時に同志のような間柄でもありました。
最愛の夫を亡くされた直後には、例えようのない悲しみや喪失感に苛まれた市原さんですが、「亡くなってしまうことの恐ろしさ」をものすごいと感じる一方で「つながっていることのすごさ」もまたあるという…。
ともに過ごした歳月は50年以上に。夫婦の絆の強さを物語る、深い言葉を残されました。
『“人生の80%は準備、雑用だ。
それができて初めて創作にとりかかれる”
(それって)本当だなぁと思いません?』
女優・佐藤オリエさんの父親である彫刻家の佐藤忠良さんからいただいた言葉を大切にしてきた。
「面倒なことを毛嫌いせずにやらないと。それこそが人生なんですから」
『笑って、泣いて、怒って。
そのすべてが力になっている』
「私も若い頃は遊びで徹夜し、仕事で徹夜し…。
笑って、泣いて、怒って。でも、そのすべてが力になっている。
そして『やるだけやった』という思いが後々の落ち着きにつながったと思うの」
『振り返ってみたら、私、重くて暗い芝居のほうが好きだってわかったんです。
つらいことを考えてこそ、何かが開けるんです』
「演じる側にとっても、そういう芝居は苦しい。たいていの場合、自分がそういう現実の中にいるわけではないので、違う世界を理解しなければなりませんから。役作りも大変です。でもやっていくと、大きな充実感があります」
『経験を重ねて、ものが見えてくるようになるのが40代、
その味わいが深く感じられるようになるのが50代じゃないかしら。
40代は最高、50代は絶好調ですね』
「20代で、"許せない"とカーッとなっていた男の人を、50代でだったら、許せるかもしれない。
逆に若い頃は"よし"と思っていたことが、50代では、これはまあまあではすまされないぞと思うことだってあるでしょ。
年を重ね、なぜそうしたのか、若い頃からの変化を、考えられるようになるんじゃないかと思います」