2022.02.17 UP
おすすめ暮らしと生き方特集・連載

スペシャルインタビュー 安奈淳さん

撮影/松本 健 取材・文/明滝 園

 

歌手であり、近年はファッションスタイルが注目を集めている安奈 淳さん。
宝塚歌劇団のトップスターとして人気を博し、退団後の50代で難病を発症。
現在も病と闘いながら、仕事にまい進する安奈さんにお話を伺いました。

装いで大切なのは姿勢。洋服選びは“直感”と“好み”で!

現在は歌をメインに仕事をしている私ですが、近年はファッション関連の仕事もするようになりました。

昨年、『70過ぎたら生き方もファッションもシンプルなほど輝けると知った』という書籍を出版したり、ファッション誌に出たり……。でも、実はそれほど洋服の枚数は持っていないんです。気に入った洋服を長年着る主義で、収納の問題もあるため、枚数をたくさん欲しいとは思いません。

 

装いで一番大切なのは洋服ではなくて
“姿勢”だと思います。若い人でも年配の人でも、美しい姿勢で歩いていれば、Tシャツにジーンズでも十分かっこいい。何を着るかより、体の姿勢の保ち方が重要。

歩き方一つとってもそうですよね。せっかく歩くのだから、どうすれば美しく見えるか、考えてみることもセンスのうちではないかしら。

例えば、ヒールのある靴は素敵だけれど、履いて歩くときは特に体への意識が必要だと思います。ひざが曲がって姿勢が悪くなりがちなので、足を付け根から動かすように、私も歩くときは気を付けています。

 

自分の好みをしっかり把握していることも、ファッションで輝くには必要なことだと思います。

例えば、私は昔から色の好みがはっきりしていました。子どもの頃、好きだった色はグレー。でも好きなグレーと、嫌いなグレーがあるんです。

10歳ぐらいまで服はすべて母の手づくりでしたから、初めてセーターを買ってもらったときはうれしかったですね。しかもそのセーターの色は、私の好きなグレー!生地が擦り切れるまで着ました。

 

それと洋服選びで大切なのは吟味することより直感。洋服店に行ったらパッと見て決めます。

自分が好む生地、丈、形というのは、ひと目見ればわかるものです。値札を見ずに決めてしまうから、お会計前に「えっ!?」と目を見開くこともしばしばですが、そのぶん、長年愛用するので十分元はとれます(笑)。

 

Recommend

『70過ぎたら生き方もファッションもシンプルなほど輝けると知った』
(安奈淳 著 主婦の友社/1,760円)日々の飾らないファッションスタイルや、愛用の小物、メイク、グレイヘアなど、おしゃれのエッセンスが詰まった一冊。自身の半生や闘病時のこともありのままに綴られている。

50代で膠原病を発症。薬の副作用でうつ状態に

30代半ば頃から、体の不調を感じることが増えるようになりました。31歳で宝塚歌劇団を退団したので、たまっていた疲労が出てきたのかな、くらいに考えていたんです。

それに「疲れている程度で仕事を休むなんて」と強い責任感から、休養するという発想がありませんでした。

 

しかし2000年7月、53歳のとき、プールでおぼれているような呼吸困難の状態になり、全身はむくんで足は電信柱ほどの太さに。

病院に行くと、そのまま緊急入院。横たわるベッドの横にはビーカーが置かれていて、黄色い液体が少しずつたまっていくのを見ていました。

看護師さんに「あれは何ですか?」と聞くと、「体内にたまっていた水分を抜いています」と……。実はそこで私の記憶はプツンと途切れてしまったんです。

そのとき、私の知人はお医者さんから緊急入院した日が山場、余命3日だと説明を受けて、お葬式の手配まで考えていたようです。

その後、山場を何とか乗り越え、体内の水分を10日かけて背中から少しずつ抜き取りました。どうやら、体内にたまった水分が心臓にも侵入し、入院があと1時間遅ければ手遅れだったとのこと。

その後、さまざまな検査などを繰り返した結果、膠原病の一種「全身性エリテマトーデス」(※)だとわかりました。

 

※免疫が自分自身の皮膚、腎臓や心臓などを攻撃してしまう膠原病の一つ。倦怠感や発熱といった症状が出る。原因は明らかではないが、ウイルス、細菌、遺伝などさまざまな要因が絡み合っているのではないかとされている。国指定の難病。

 

苦しい時の支えになるのは宝塚時代に培った精神力と忍耐力

同じ年の10月に退院したものの、薬の副作用との闘いで、何度か入退院を繰り返しました。
自分の名前の書き方が思い出せない、10日間も眠れない。うつ状態になり、あまりのつらさに「死んだほうがマシ」と生きる気力を失っていきました。

 

投与されていたステロイド剤の影響でむくみもひどく、顔は満月のような丸顔になってしまいました。
でも、そんなときでも心のどこかで「私は死なない」と自分を信じていたんです。

そう思えたのは、宝塚時代に厳しい練習を耐え抜いて培われた精神力や忍耐力があったからじゃないかしら。それと、同じ病でこの世を去った母が、陰ながら応援してくれているように感じられていたのも、大きかったのかもしれません。

寿命とは人との“縁”に左右されるもの

退院した私は副作用が続き、自宅にいても自炊はできませんでした。

そんなとき、普段はほとんど会うことがなかった友だち2人が、遠方にもかかわらず1日おきに訪ねてきては食事を食べさせてくれたんです。文字通り、命の恩人です。

彼女たちは、今でも私のリサイタルに足を運んでくれます。ひん死だった私が復活し、再び舞台に立っている姿を見ると感動すると言ってくれて。その言葉を聞くと、病と闘い、今また舞台に立って歌えることが私自身も奇跡のように思えますね。

 

誰しもが寿命を持っていて、その寿命は“縁”に影響されるのではないでしょうか。

私は友だちやファンの皆さんをはじめ、病院の先生方にも恵まれました。人は一人では生きられないし、自分の寿命は誰にもわからないもの。だからこそ、縁に恵まれることは寿命を左右することかもしれません。

 

無理をして自分を追い込むほど愚かなことはないと知った

私が緊急入院した当時、膠原病は一般には知られていない病気で、病院にも「膠原病科」はありませんでした。私の担当だった先生も、あらゆる検査をしないと病名を突き止められなかったとか。

膠原病は倦怠感の症状が出るので、家事や仕事などができなくなることがあり、“なまけ病”と周囲から誤解されることもあるようです。
自分が膠原病と知らず、正体不明の体調不良に苦しんでいた人はたくさんいたのではないでしょうか。私もひどいむくみや倦怠感に苦しんでいました。

 

当時はどんなに体調不良でも病院に行くという発想がなかったので、仕事を断るという選択肢を持っていませんでした。むしろ、「もっと頑張らなきゃ」「やる気を出さなきゃ」と、精神的に自分で自分を追い詰めていったのです。
今振り返れば、とても愚かなことですよね。無理をして体を壊し、万が一命を落としてしまったら取り返しがつきません。
今では、あのときのようなつらい思いは二度としたくないという気持ちから、具合が悪くてできないときはできないと、きっぱり断れるようになりました。
病気を体験してから家族や友だち、仕事、そして自分自身の心身をもっと大事にしようと、心から思うようになりました。

 

掃除機がけと拭き掃除でストレス発散!?

膠原病をいまだ治療中の私にとって、規則正しい生活を維持することは欠かせません。

朝起きる時間は何十年も同じですから、目覚まし時計をかけなくても自然に目が覚めます。睡眠不足は体の不調に直結しますから、夜は11時ぐらいまでにはベッドへ。

 

食事も野菜をふんだんに使った和食が中心。関西出身なこともあって、薄味に親しんで育ってきました。外食は味付けが濃い料理が多いから、自然と自炊をするようになりました。

栄養のバランスがとれるように、緑、赤、黄、白など彩りも考えます。もし食卓に緑がなかったら、不安になってしまうかも(笑)。

 

そして健康維持にはストレスをためないことも大切ですね。

私のストレス発散法は掃除。掃除機がけと拭き掃除は毎日必ず行います。

掃除をしていると無心になれるから、その間にイヤなことなんかも忘れてしまう。掃除は心を落ちつかせる、私の習慣の一つですね。

嫌いなものは食べない、苦手な人とは付き合わない。それでよし!

病気を経験し、またこの年齢になると、一分一秒の大切さが身にしみます。私の性格はもともとのんき。切羽詰まって考えることがありません。

一時期、声が出なくなったとき引退を考えました。そのときも絶望などはせず、「引退して何をしようかな?」とぼんやり考えた程度。

病院に緊急搬送されたときでさえ、「治療して体調がよくなる」と楽観的な気持ちでした。

イヤなこともすぐに忘れるタイプ。不愉快なことやつらい出来事をわざわざ思い出してイライラするなんて、時間がもったいないでしょ?

嫌いなものを無理に食べることはないし、苦手な人と我慢して付き合う必要もない。

自分にとってプラスにならないものから逃げることは、悪いことでも何でもないと思うのです。

 

周りには何歳になってもアクティブで、自立して活動する人が多く、とても刺激を受けますね。

私は体調管理のこともあって、仕事以外で遠出はあまりしません。でもいつか、オペラ鑑賞にウィーンに行ってみたいな、イギリスもいいな、と考えるようになり、今からワクワクしています。

 

そして、知らなかったことを教えてくれたり、それぞれのスキルや人生観を持っていたりする人がそばにいると前向きになれます。

私は個人事務所でマネジャーと二人三脚。彼女は本業を別にこなしつつ事務所の仕事をしてくれたり、インスタグラムを更新してくれたりしています。
最近、マネジャーにすすめられて、携帯電話をガラケーからスマートフォンに変えてみました。最初は渋っていたのですが、だんだん慣れてきて、使いこなせるようになるとなんと便利なこと!

 

歌を仕事にしているとたまに、「美しい声を出す秘訣は?」などと聞かれますが、そんなものはないのです。一曲一曲を歌い込んで、ひたすら稽古あるのみ。

2021年9月に東京・内幸町ホールにて行われたリサイタル「Bouquet d’espoir ~希望の花束をあなたに~」。事務所初のオリジナル企画で、スタッフ一丸となって実施。衣装はオートクチュールの巨匠、小泉正先生にお願いしました。2022年4月9日にみつなかホール(兵庫県川西市)で再演を行います。

 

いつまで歌い続けられるか、私自身もわかりません。
でも、自分の人生は自分のもの。人生の幕が下りるその瞬間まで、私自身で切りひらいていくのみ。
生きているからには、楽しまないともったいない! 最期まで、お客さんの胸を打つ歌を届けたいですね。

安奈 淳さん

あんな・じゅん●1947年生まれ。1965年、宝塚歌劇団に入団。星組男役のトップスターに就任後、花組へ。『ベルサイユのばら』のオスカル役で第1期ベルばらブームを築く。退団後は多くの舞台やテレビドラマで活躍。現在は歌手として活躍する他、ファッションセンスが幅広い女性たちから注目されている。

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