【インタビュー】黒木 瞳さん「理想像を追わず、自分にできることを考える」
撮影/新山貴一 ヘアメイク/辻元俊介(Three PEACE)
スタイリング/小野寺 悠 取材・文/中村さやか
構成/黒澤あすか
華奢な体からは想像できないほど、エネルギーに溢れている黒木瞳さん。女優業だけでなく、映画監督や舞台の企画と多方面に活躍されています。今回は結婚生活や仕事観などについてお話を伺いました。
「料理はしない」と結婚
夫はいないと困る存在
先日、32年目の結婚記念日を迎えました。振り返ると長いですね(笑)。私も夫も互いに昔より大人になりました。例えば、人間関係や日々の出来事を相談すると、若いときにはなかった意見が出るようになって。いろいろな価値観や柔軟性を持つようになったんでしょうね。ただ、年齢を重ねるとどうしても凝り固まってしまう部分があるので、間口を広げていかなきゃねと話をすることもあります。お互い、嫌なことは腹にためずに、失礼なことを好き勝手に言い合ったりもします(笑)。それでも衝突しませんし、嫌いになることもありません。たまにうっとうしく感じることもあるけど、やはり支えてくれるし、話も聞いてくれるからいないと困るんです。それはお互い様ですね。
この間、いいセリフに出合ったんです。「人を愛するときは初めてのように愛しなさいっていう言葉があるけれど、そうではない。これが最後だと思って愛しなさい」って。〝縁〟は出会いの数だけあるけれど、最後まで一緒にいてくれるのが〝運命の人〟なんですって。縁なのか運命か、私も添い遂げるまで分かりません。何があるのかわからないのが人生ですから。でも、だからこそ面白くて刺激的なんでしょうね。
実は結婚するとき、夫には「料理はしない」と伝えていたんです。仕事を続けるつもりでしたし、生活リズムを変えないと決めていて、それを互いに理解したうえで結婚しました。でも、一緒になってみると朝昼晩を食べなければいけないので、自然と料理をするようになっていきました。
30歳での結婚当初はどんな食材を買えばいいのかもわからない状態で、スーパーで夫に魚の種類を教えてもらうところからスタートしました。義母に洋食を、母には田舎料理を教わってレパートリーを増やしました。自分でつくるとやっぱり美味しいんです。慣れてくると、私って料理上手なんだわと思ったりして(笑)。37歳で娘を出産したときは、離乳食も手づくりしました。やっぱり食事は体をつくりますからね。今ではいろいろな料理をします。故郷の福岡は麺が軟らかいうどんが名物で、お店や家でそれぞれだしを手づくりするんです。私は母の真似をして、よく鶏ガラでだしをつくっています。
冷え対策と朝型生活を実践
タップダンスで健康維持
6月に公開された映画『魔女の香水』のために、昨年末、ボブヘアにしました。いつか来る役のときのためにと、ずっと伸ばし続けていたんですが、撮影を機に、髪を寄付するヘアドネーションをしたんです。映画の中ではグレーヘアのウィッグを被っていたんですが、実際にグレーヘアにするのはちょっと大変かもしれません。グレーヘアはツヤが大事なので意外とお手入れが難しいんです。実は私のような黒髪の方がお手入れは簡単なんですよ。黒髪のお手入れですか? うーん、特に特別なケアはしていないですね(笑)。
スキンケアのこだわりは、水を使った洗顔をしないこと。ふき取りタイプのクレンジングでお化粧を落とした後は、化粧水を付けるだけで終わりです。私の肌には合っているんですよね。体のケアでは冷えに注意しています。夏は冷房を入れて寝るんですが、首周りにはタオルを巻いて冷やさないように心掛けています。冬の夜は柔らかいカシミアのマフラーを巻きます。睡眠用にカシミアはもったいない気もしますが、冬は毎日、しかも10年も使っていますから、日割りすれば安いものです(笑)。
私は朝型で、早朝の撮影の仕事がない日でも、4時か5時には起きています。起きたらまず白湯を飲むのがルーティン。朝型生活のメリットは、疲れがたまる夜よりも脳の働きが活発なので、朝の1時間で夜の3時間分くらいの仕事や用事を片付けられるところ。セリフの練習をしたり、本を読んだりと、朝の時間を効率的に過ごしています。
体力的な面では、宝塚時代からブランクを挟みながら、タップダンスを20年弱続けています。無理な動きもなく激しい運動でもないので、実はタップは年齢を重ねた方にもおすすめです。高齢になると歩幅が狭くなって転びやすくなりますが、太ももを上げる動作のあるタップは内転筋が鍛えられて、歩行や階段の上り下りに役立つんです。
監督作で女性の人生を描く
強くたおや に生きてほしい
映画の監督をやらないかとお話をいただき、『嫌な女』(2016)をデビュー作として4本の映画を撮りました。どちらも女性の人生がテーマです。観た方が前向きに、そして女性が強く、たくましく、たおやかに生きていけるようにとの思いを込めています。監督の仕事を受けるかどうか、実はものすごく迷いました。でも、「今日と違う明日の景色が見られるんじゃない?」という、ある人の言葉に背中を押されて、やってみようと思ったんです。実際、女優業の対岸にある、監督という立場から見る景色は違っていました。スタッフへの感謝がより深くなりましたし、誰一人欠けても作品は成り立たないんだと改めて身に染みました。
これまでの仕事を振り返ると、我ながら未熟だったと思うこともありますが、いつもそのときの精一杯を出してきました。初舞台からずっと変わらないのは、お客さまからお金をいただいているというプロ意識です。逆に価値観で変化したところはないかな。価値観って変わるというより、増えていくような気がするんです。キャパが広がるというか、色々なものを受け入れられるようになるというか。
「四十にして惑わず、五十にして天命を知る」という孔子の言葉がありますが、私は天命を知るどころかまだ〝不惑〟の感覚でいます。まだまだ惑うことも多いんですが(笑)。今って昔より寿命が長いので、人生の一区切りにあたる還暦って、実は80歳くらいじゃないかと思います。だから、何歳だからこうあるべきということは特に意識していませんね。
私は強い信念があると逆に保守的になる気がしているので、そういった思いはあえて持っていないんです。まだまだ守りには入りたくないので(笑)。それに誰かに憧れることもあまりないです。目標に近づくために何をやればいいかを考えるより、今の自分にできることを考えます。私が大事にしているのは、今この瞬間ですから。
黒木 瞳さん
くろき・ひとみ●女優。宝塚歌劇団に入団2年目で月組娘役トップとなる。「WEIBO Account Festival 2022」で最優秀女優賞受賞。2023年に映画「魔女の香水」で主演を務める。近年は映画監督として4作品を手がけ、舞台演出や朗読劇の企画・脚本などエンターテインメントの世界で幅広く活躍中。