日本薬科大学漢方薬学分野講師 糸数七重さん【輝く人のON/OFF】
撮影/楠 聖子 取材・文/新里陽子
日本薬科大学漢方薬学分野講師
糸数七重さん
いとかず・ななえ●日本薬科大学漢方薬学分野講師、木村孟淳記念漢方資料館学芸員補。日本薬科大学漢方アロマコースサブディレクター。
仕事など社会的な時間の「オン」と、プライベートな時間の「オフ」。
そのスイッチをどのように入れて過ごしているのかを、ご本人の歩みとともにお伝えする連載企画。
今回は漢方・薬膳を専門に、大学で教鞭をとる糸数七重さんにお話を伺いました。
糸数さんの人生のターニングポイント
- 5歳 保育園時代から童話を書いていた。
- 15歳 中学校卒業。夢は医学部進学。
- 18歳 高校卒業後浪人。受験勉強が嫌すぎて抑うつの身体症状が出、腱鞘炎になる。
- 19歳 東京大学理科二類入学。
- 23歳 薬剤師国家試験受験、不合格。
- 25歳 薬学系研究科修了後、医学系研究科博士後期課程へ。漢方の研究に従事。
- 26歳 4回目の薬剤師国家試験で合格。
- 27歳 アメリカに留学。
- 29歳 武蔵野大学薬学部一般用医薬品学教室助手として着任。
- 30歳 国立医薬品食品衛生研究研に期限付き研究員として着任。
- 32歳 日本薬科大学講師に着任(現職)。
- 43歳 台湾への中期滞在開始。
【9歳】読書に夢中で「歩き読書」も!物語の世界に引き込まれ童話を書くまでに
ご両親の方針で幼少期はテレビのない環境で育った糸数さん。
「他の子たちがテレビを見ている時間に本を読んでいたので、雑学は豊富。書くのも好きで、童話のようなものを書いていました」
本を読むのが好きすぎて、道路を歩きながら読み、日が暮れてしまうと街灯の下の明かりを拾って読み、歩きスマホならぬ歩き読書もしていたそう。
「今思うと危険ですが(笑)。本は知らない世界をえてくれました。感謝です」
【18歳】大学進学に向けた勉強方法で腱鞘炎になって漢方と出会い将来の夢が固まった
大学は医学部を目指していた糸数さん。そのときのある出来事が、今につながる、大きな出会いになりました。それが漢方薬です。
「私の勉強方法は書くことで知識を詰め込むスタイルだったのですが、途中で腱鞘炎を起こして鉛筆が握れなくなってしまったのです。湿布を貼ってもかぶれるようになってしまい、もう勉強ができない、どうしよう…となったときに、近所の漢方薬局の先生が『ウチで治せるかも』と言ってくださり、相談に行ったところ漢方薬を2種類いただき、それを飲んでいるうちにいつの間にか楽になりました。飲み薬で腱鞘炎が楽になるなんて、漢方ってなんてすごいのだろうと。そのとき以来、漢方に強く興味を持つようになったのです」
その後、大学の薬学部へと進みました。
【37歳】海外留学後、必死だった助手時代漢方の専門家になり台湾にも活動拠点が
漢方薬で腱鞘炎を治してくれた薬剤師の先生の紹介で、古方漢方を学ぶ薬剤師向けのセミナーに通いながら、大学で薬学生として学びます。
漢方(生薬薬理)を研究していた薬品作用学教室に配属後、大学院へ進み研究室に残りますが、医学部に漢方を研究する講座ができたことにより、博士課程は転学部。さらに、アメリカへ留学。
「そのときはそのままアメリカで学位論文を書き、アメリカで研究者になれたらと考えていたのですが、2001年、同時多発テロで帰国を余儀なくされ、国内で助手や薬剤師のバイトを続けました。このときは何事も必死でした」
その後、ご縁のある方たちとの結びつきから大学で助手などを経て、2009年に日本薬科大学に着任、今に至ります。
「5年ほど前から、日本薬科大学の姉妹校である台湾の中国医薬大学の都築伝統薬物研究所に1年の半分ほどは滞在する生活に。今は自由に行き来はできないですが、本場でもっと学び生活もしたいです」
大学の実習室で調剤作業中。複数の生薬を秤で計測、土瓶で煎じる。粉末生薬は乳鉢の中で調合する。
あるONの日のタイムスケジュール
- 5:30 起床。20分ほどストレッチ&ヨガ
- 6:00 洗濯機を回しながらシャワーを浴びる
- 6:30 洗濯もの干し、朝食準備などなど
- 7:00 朝食
- 8:00 スマホをチェック。寮の自室で仕事開始
- 11:00 大学の寮から大学へ出勤
- 12:00 昼食
- 13:00 オンライン会議
- 15:00 資料作成
- 17:00 論文解析。学生の質問に答える(合間におやつタイム)
- 19:00 原稿執筆
- 21:00 寮に戻る。ストレッチと筋トレ後、シャワーを浴びる
- 22:30 夕食(夜食)
- 23:30 就寝
無給時代の頑張りが今の自分の支え。このパワーで漢方を広めたい
大学院修了後、研究員の職に就くまでに教授の研究の補佐をする「助手」をしていました。無給だったため生活のためには他で稼がなくてはなりません。
「当時始めた翻訳業は、経験が浅いものの、あれもできます、これもできますと言って仕事をもらいました。内心では、とりあえず頑張ればなんとかなるはず、と言い聞かせて。大量の仕事でもやりますと言ってから、睡眠時間を削ってでもやりきる…というようなことをしているうちに、実力がついてきました」
最初はお給料がすべて資料代に消えてしまうこともあったそうですが、
「これで次にこの仕事が来たら、ちゃんと給料が自分のものになる、資料代に消えた分は自分の頭の中の財産になっていると思いながら、背伸びすることが自分への投資になっていると」
糸数先生が専門にしている統合医療(東洋医学)は、一般的に西洋医学・薬学の「病気を治す」考え方に対し、簡略すると「病気に負けない身体にする」考え方。
「そのために漢方や薬膳、あるいは生活の中で生かせる東洋医学的な考え方などを広く伝えていきたいと思っています。一方で、統合医療は科学とはなじまないとするような考え方にも陥りたくないと思います。統合医療を、科学の言葉で語り直すということもやはり必要だと思い、進めていきたいです」。
同じように漢方に興味を持ち学んでいる学生に対しても、この考えは広く伝えていきたいと思っているそう。
これからの夢は
「担当している日本薬科大学の漢方資料館の管理により力を入れる一方で、台湾生活で培った現地の生活様式を国内でもより身近に感じてもらえるよう、発信していきたいです。そのため、やはり台湾で長期滞在したいですね。」
【写真左:葛根湯】「隣の人が咳をしたら飲む」。病を防ぐ、漢方薬の使い方。いつも3袋常備。
【中央:漢方】資料館にはたくさんの漢方が寄贈され、整理を担当している。
【右:パスポート】台湾で1年の半分を過ごしていた。いつでも使えるようにスタンバイ。
【写真左:台湾茶】現地で購入した。煮詰まってもイライラしてきても台湾茶を飲むと落ち着く。
【右:パソコン台】使うようになり肩こりが激減。2つ購入。
あるOFFの日のタイムスケジュール
- 6:30 起床。ふとんから出て、20分ほどストレッチ&ヨガ
- 7:00 洗濯機を回しながらシャワーを浴びる
- 7:30 洗濯もの干し
- 8:00 スマホをチェック。メールの返信をしたあと、台湾から取り寄せた本を読む
- 10:30 食事の準備
- 11:00 ブランチ
- 12:00 買い物に出かける
- 16:00 寮に戻る。お茶&おやつタイム。飲んで甘いものをつまむ
- 17:00 夕食準備
- 19:00 1時間ほど筋トレとヨガ
- 20:30 夕食
- 21:00 Netflixで台湾ドラマ鑑賞
- 22:00 仕事・原稿書き
- 23:30 就寝
大学から始めたダンスがきっかけ。ボディワークで快適な暮らしを身につけました
大学2年の頃からダイエット目的でエアロビクスやジャズダンスを始め、その後モダンダンススタジオに入所しました。
「実はその頃までストレスをためこみやすい、鬱っぽいところがあったのですが、体を動かすことで自分を取り戻せたという感覚をそのときに体験しました。ですから、食・薬も大事ですが、人が快適に生きるためには、あわせて体を動かすこともとても大事だと考えています」
美味しいものも大好きな糸数さん。
「台湾で薬膳の世界がだいぶ広まり、日本にも伝えたいな、それにはもうちょっと自分でも料理ができてレシピが組めるようにならないとなと。そのため、料理の先生のレッスンも、定期的に受けて学んでいます」。
【写真左:母のおさがり】だんだんと似合うようになり休みの日に着るように。
【中央:ダンスシューズ】約30年続けてきたダンス。シューズは毎回ボロボロになるまで履きつぶす。
【右:金継セット】実家の古くて欠けてしまったカップを直したくて購入。
【写真左:台湾の漫画】博客來という台湾のネットサイトで購入。植物学に関する内容。
【右:電鍋】台湾の電気鍋。蒸す、煮るなど簡単調理ができ、キッチンのない寮生活で大活躍。
これからのやりたいことは
「ちょっと前までは舞台や映画や美術館や…と出かけて楽しみたいことも多かったのですが、今は読書になっています。読めることそのものがうれしい、楽しいという感覚。仕事のように締め切りに追われず、好きな時間に好きなことができる環境と気持ちを持っていたいですね」
インタビュー*編集後記*
「理系女子」「大学の先生」と堅めの印象の強い肩書きですが、お話を聞くごとにチャーミングな一面が。漢方について熱心に話す姿に、仕事を超えた漢方愛が感じられました。アロマやハーブにも詳しく、「学ぶからこそ整う体」を体現している糸数先生でした。