アクセサリークリエイター・熊田和美さん【輝く人のON/OFF】
撮影/楠 聖子 取材・文/新里陽子
アクセサリークリエイター
熊田和美さん
くまた・かずみ●東京都生まれ。アクセサリーブランド・Fiore di Pesca(フィオーレ ディ ペスカ)のクリエイター兼オーナーとして、アクセサリー制作と販売を手がける。教室も不定期開催。夫、娘2人、犬2匹で、神奈川県茅ケ崎市の海から徒歩5分の家に住む。愛犬とのアクセサリーを楽しむ姉妹ブランド「WanDelen(ワンデレン)」も立ち上げ拡大中。
https://shop.fiore-di-pesca.com/
キラキラと眩く光るネックレスやピアス、イヤリング。
きめ細かで、つくり手のこだわりを感じる作品は、アクセサリークリエイターとして活躍する熊田和美さんが手がけたもの。
作品に負けないくらい輝いている熊田さんの、オンとオフのスイッチを伺いました。
大手銀行の営業職で激務の日々。長女が9か月のときにオランダへ移住
熊田さんの社会人スタートは、大手銀行の営業マン。当時は接待も多く、帰宅はいつも日付をまたぐほど激務だったそう。「忙しかったですが、仕事は大好きでした。いろいろな方たちと出会う機会が多く刺激もたくさん受け、毎日が人生勉強そのものでした」と振り返ります。
そんな生活を7年間続けたのち結婚。家庭に入るため、専業主婦になった熊田さん。穏やかな生活を送る中、長女を妊娠中に突如夫からのオランダ移住の話が。
「驚きもありましたが、応援したい気持ちが強く、迷わず同行することを決めました。そのときは不安よりも希望の気持ちのほうが強かったですね。日本からの転勤ではなく、現地採用での転職だったので、生活の基盤づくりはすべて自分たちでやらなくてはならず、役所での手続きや大きな買い物、引っ越しをなんとかこなし、海外での新生活を始めました」
現地採用された夫と生後9か月の娘とともにオランダへ移住。その後ベルギーへ移り、子育て中心の毎日に。英語も通じない地域で、最初の頃は家族以外誰とも話さない日も多かった。
挨拶もしてもらえない街で始めたアクセサリーづくりが自分を変えた
その後、再び夫の転職でベルギーへ移住した熊田さん一家。次女が生まれ、長女は幼稚園に入ることに。ところが待ち受けていたのは、現地の人たちの輪の中に入れない孤独感。移住者が少ない地域だったので、日本人の熊田さんたちは特に目立っていたといいます。
「郊外の街ということもあり、現地の人たちは母国語でしか話さず、閉鎖的な国民性から、こちらが挨拶しても返してもらえなかったことも。めげずに笑顔で挨拶を続けているうちに打ち解けていき、少しずつ友人ができるまでになりました」
とはいえ、孤独感は拭えずにいた熊田さんに希望の光が差し込んだのは、言葉も分からずに“とにかく学びたい”と参加した、街の手芸ショップでのアクセサリーづくりレッスン。もともと器用で小さな頃からビーズや手芸が得意だった熊田さんは、用意されたビーズに糸を通した瞬間「楽しい!」と心から感じたそう。
「久しぶりに本当に楽しいと思える出来事でした。それ以来、ショップに通い詰めて材料を買い、自宅では娘たちが寝静まった後、夜中に起きてアクセサリーをつくりました。やっと夢中になれることと出合えたと、喜びでいっぱいでした」
アクサセリーづくりを通し、コミュニケーションの場も増え、しだいに抱えていた孤独感は消えていったそうです。
やりたいことは今しかできない。一念発起して起業を決意
のちに夫の帰国が決まり、約7年ぶりに日本での生活が再開。子どもたちの学校や幼稚園も決まり、生活が落ち着きだした頃、熊田さんはある大きな決意をします。
「ベルギーで学んだアクセサリーは日本人女性にも絶対に似合う。市場がないなら私がつくりたい!と思ったんです。そこで、地域で主催していた女性起業セミナーに参加し、1年間自分のショップを出せることになりました。トントン拍子でさまざまなことが進み、ワクワクする日々。
一方で、毎日家にいた私が家を空けることが増え、夫や子どもたちに大きな負担をかけてしまっていました。衝突もありましたが、自分が家を空けて好きなことをすることを当たり前と思わず、家族に感謝しようと。そのうち家族が協力してくれるようになり、今こうしてアクセサリークリエイターとして歩めています」
帰国後、地域の女性起業家プロモーションへ参加。JR戸塚駅で1年間アクセサリーショップを開けることに。このときの縁と経験が、次への大きなステップへとつながった。
東京・銀座の商業施設でポップアップストアを開くまでに大きく展開中。
ベルギー×湘南がテーマ。自分にしかつくれない作品を
に取り組んでいるのが、ベルギーアクセサリーをベースにしつつ、日本の女性たちが日々の生活の中でも気負わずにつけられるアクセサリー。
「例を挙げると、私が住む湘南では、海を連想させるブルーが美しいターコイズの石を使ったデザインを好まれる方が多いので、ヨーロッパテイストのターコイズアクセアリーを考案しました」
さらに、熊田さんがアクセサリーづくりでこだわっているのは、いかに体に負担をかけずに、どんな人でもおしゃれが楽しめるか、ということ。
「ネックレスをつけていると肩が凝ってしまう、というお客さまの声を聞き、とにかく軽く、アレルギーにも対応できる素材を使うことを意識しています。留め金もマグネットにし、近づけるだけでカチッと装着できるなど、簡単に身につけられるようにもしています」
エレガントなベルギーアクセサリーに、地元・湘南の女性たちが好むブルーのテイストを加えた、人気の作品たち。
最大の褒め言葉は「あなたのアクセサリーばかりつけています」
インターネットやポップアップショップで販売している中で、うれしい出来事があったと言います。
「定期的に開催しているポップアップショップに毎回足を運んでくださるお客さまがいるのですが、『気づいたらあなたのアクセサリーしかつけていないわ』と、ハツラツとした笑顔で話してくださったんです。ベルギーの街で出合い、自分を救ってくれたアクセサリーが、こんなふうに広がって人を幸せにしていく。あの頃の自分に教えてあげたいです。いいことって必ずあるのよって」
熊田さんが手がけるアクセサリーは、デザインもさることながらつけ心地にもかなりのこだわりが。ストレスにならない軽さが特徴で、試着しながら確かめるそう。
熊田さんのアトリエのキャビネットには、アクセサリーのつくり方をまとめたレシピ帳がぎっしり。
一つずつ手書きでデザインを描き、使うパーツやポイントを記したレシピには、これまで熊田さんがアクセサリーと向き合ってきた長い時間と強い思いが感じられました。
すべてのアクセサリーはまたつくることができるよう、レシピを書き起こしてファイリング。その数、30冊を上回る。
レースの服
アクセサリー販売時に必ず着るレースデザインの服。「外見も品よく見せてくれる相棒です」。
愛犬とペアアクセサリー
これから力を入れていきたい新ブランド。ブレスレットと首輪がおそろいで、すでにファンも多数。
ガラスの置物
アクセサリーの輝きをより一層際立たせてくれるので、ディスプレイに使用。ベルギーで購入したものも。
店頭ポップ
お店を展開するときに立てかけるもの。ブランドコンセプトや伝えたいメッセージがつづられている。
子育ても一段落。日本文化を学び直し中
仕事がない日の楽しみは、2匹の愛犬と戯れる時間。先日立ち上げた、愛犬と楽しむためのアクセサリーブランドは、この熊田さんの「動物とともに生活する幸せ」をベースにしたもの。飼い主はブレスレット、犬は首輪、とペアルックできる展開に、「こんなアクセサリーを待っていました」というファンも多数。
「私自身、欲しいと思っていたアクセサリーを表現した結果なんです。私の場合、オフの時間もオンのことを考えているから、オンとオフのスイッチの切り替えはあまりないかもしれません」
2人の娘は成長し、親と一緒に過ごす時間は減少。その代わり、休みの日は夫と愛犬たちと出掛けることが増えたとか。
「サーフィンが好きな夫と一緒に海へ行き、私と犬たちはお散歩する。何気ないこの日常にとても幸せを感じます。それに、娘たちがそろった家族4人の団らんは、やはりかけがえのない時間ですね」
また、趣味の時間として茶道と書道を習っているそう。
「海外に住んでみて、日本の伝統の美しさを痛感しました。書道は、お世話になった方にさらっと美しいお手紙を書くことを目標にしています。大人になってから目標に向かって学ぶってワクワクしますよ」
この歳だから、ではなく、この歳だからこそやりたいことがたくさん!と目を輝かせる熊田さんでした。
今では家族全員がそろうこともまれ。「家族分のお茶を用意していると、みんな元気で何よりと温かい気持ちになります」
帽子とストール
日差しを防ぐための実用性と、小物だからこそ遊べるファッション性の両面からコレクション中。
ビーチサンダル
湘南のミセスたちは季節を問わず足元はビーチサンダル。熊田さんももちろん愛用。
ベルギーで購入した絵画
著名な画家のものではなく、インスピレーションで夫婦ともに気に入って購入。部屋の中心に飾っている。
インタビュー*編集後記*
まるで映画のワンシーンのようなお住まいで、眩い作品をつくり出している熊田さん。ご自身のこれまでの経験をざっくばらんに楽しそうにお話しされる姿がとても印象的でした。アクセサリーを着けさせていただきましたが、美しいデザインに惚れ惚れ。そして、つけているのを忘れるくらい本当に軽い! すっかりファンになりました。